田舎時間

田舎時間

早朝の東京駅、あいにくの雨。スキー旅行者にまぎれながら出発。
新幹線で1時間ほどちょっとで外は一面真っ白な雪景色に変わり、3時間あっという間に別世界へ到着。
僕たちが運んできてしまったのか、3月にしては珍しい発泡スチロールを細かく砕いたかのような、
さらさらな雪がどんどんと降り積る山形、上山温泉。僕にとってこの冬、初雪。そんな時間。

さっそくお世話になる北澤さん(あいおい)のお宅に訪問。手作りの看板がかわいらしい。
居間にお邪魔して、世界各国の旅行で購入した飾りものや奥さんの手作り装飾が囲む中、
おじいちゃんから代々受け継がれている、北澤家教育方針である「親父の小言」が飾られている。
北澤家の暖かい家庭料理。大人数の団欒も可能にする手作りコタツを囲み、温まりながら
「はて、どうしたものかな」と全員、縁側越しに外の雪の様子を眺める。そんな時間。

3月は冬の収穫も終わり、農家がほっとする時期。
しかも外は雪。2日前に孫が誕生。今日ぐらいはゆっくりすっべか。そんな中訪れてしまった僕ら。
かたいもの、やわらかいもの、胡桃と柚子と桜の葉をふと巻き状にしたもの
紫蘇の葉で包みお茶に浸したもの、1個づつセロファンに包まれたもの、
未知である干し柿の小宇宙に、北澤さんのガイドとともに突入。その深さに驚く。そんな時間。

年間計画書もスケジュールも本日1日のTODOリストも全ては北澤家の頭の中。
北澤家代々のナレッジはFACE to FACEの絶妙な距離で父から息子に受け継がれ、
PLAN-DO-SEEは身体と果実で確認。そこには「生きる」直結の分かり易すぎる仕事と、
暗黙のルールがある。米ぬかがこうも掃き掃除に有効とは。ここでしか収穫し得ない発見。
「東京は人の住むところじゃないねぇ」。まさにその言葉を痛感する。そんな時間。

なんとなく始まる休憩時間、作業場の部屋で胡座をかき、なんとなく「きたざわeco農園」販促チラシ会議。
土へのこだわり、苗へのこだわり、環境へのこだわりをどう消費者に伝えていくか。
「無農薬」では語りつくせぬ作り手の手間と思いやりと熱意。
これらをその一語に収縮させてしまう消費者の冷たさを痛感。外は雪。
暖かいコーヒーで心は満たされる。ずっとこの気分に浸りたい、でも期限は来てしまう。そんな時間。

夜、新鮮なおそばを頂戴しながら、市役所の井上さんたちとの交流会。
上山温泉の歴史から、方言の話など。グループ別ごとの発見と経験を出し合う。
地元のお米から醸造されたお酒を飲みながら。足湯に浸かり、温泉街ならではのコミュニティーを堪能。
熱いお湯と冷たい雪を繰り返しながら、満月の中、お別れ。次の再開を約束する。
宿の洞窟温泉に浸かり、雪が降り続くなか、コタツを中央に、いままで取りこぼしてきた時間を拾うかのような、
ゆうたりとした長く深い睡眠。そんな時間。

翌日、雪はなおも降り続き、大黒屋での囲炉裏を囲み、足を「踏ん張り」団欒。
藁をたたき、ならし、編んでいく。なんでこんな簡単なことが難しいだろう。
なんでこんな難しいことが簡単なんだろう。編み進む末に「わらじ」という智慧の実にぶつかる瞬間。
一日限りの師匠と弟子は自然と笑顔がこぼれる。炭で暖められたもちを食らい、納豆汁をすする。
日本家屋、文化、食、白い息、体感。そんな時間。

雪まみれのチューブ滑り。すべてはコース設計が命。
ただ滑るだけではもの足りず、2段差つけてのジャンプに挑戦。ふさふさの雪に自ら身体を預ける。
子供でもできないが、大人でもやらない。そんな幸せをかみしめつつ自然と腹から笑いが起こる。
相変わらず雪はしんしんと降り続け、「火の用心」とコンパクトな消防車が警笛を鳴らしながら通り過ぎる。
そんな時間。

田舎時間。こんな時代に、こんな贅沢でこんな温かい休日の過ごし方がある。
さぁ、明日から仕事でも、頑張ろう。