未来の廃墟と未来の果実

薫ペイに誘われて日曜日の夕方
小川謙治さんがディレクターを務めるNHK教育テレビ番組
トップランナー」の収録観覧に行く。

僕はてっきり大江千里益子直美に出会えると喜んで
大江千里の「かっこ悪い振られ方」の歌詞を丸暗記し
松尾スズキの「この日本人に学びたい」の益子直美の章を
ばっちり読んで予習してきたのに
なんと司会は武田真治本上まなみに代わっていたことを
当日、薫ペイに聞かされるまで全く知らなかった。
まぁ、それはそれで良しだ。吉田修一ではない。

今回、小川さんが特集したのはアーティストのヤノベケンジさん。
そう、「ケンジ」繋がりである。それが狙いかどうかは定かではないが
アーティストといえば藤幡正樹先生のような頭良すぎていっちゃっている
人のイメージが強い僕にとって、あえて自らをアーティストと名乗っている
人物には、僕の頭がこれ以上犯されないように身構える傾向がある。
しかも、「サバイバル」をテーマに大型の動く彫刻作品を作っている人らしい
ますます怪しい。

もう僕の頭は、オウム真理教の白いヘッドバンドのごとくマインドコントロールされ
会場に入るとヤノベさんの出世作である「タンキングマシーン」が
ドーンと置いてあっても、動じないぞ状態で挑んだわけだ。

白い直径2.5メートルほどの潜水艦のような球体の中に
体温に温められた海水が2トン入っている様が、船首のど真ん中に付けられた
潜水業界ではおなじみのあの丸い窓から伺い知ることができる。
何をする装置なのか知らずに、上にある蓋に飾られている鳥山明のキャラクターに
ありがちな真っ白なガスマスクがさらに僕のヘッドバンドの磁波を強にした。

ものすごくパーソナルなテーマである。
70年の大阪万博、終焉を迎えたその会場が解体されながら
廃墟となっていく過程に「未来の廃墟」を5歳のヤノベさんは感じたと言う
以来、その強烈なイメージのもと、子供心は創作の技術とともに成熟し
それらはSF映画やアニメに出てくるようなものばかりだが、
どれも実際に世界戦争や環境破壊という終末感の漂う時代を生き残るための
実機能を併せ持ったものを創り出した。

ヤノベさんはあの黄色で有名なアトムスーツに身を包み
チェルノブイリ原発事故で廃墟となった遊園地へと行く。
誰もいない遊園地にそっと1人立つ黄色いアトムスーツを着たヤノベさん。
あまりにもパーソナルな体験とどことなく哀しいビジュアルを併せ持つ美しき果実。
そして、そのアトムスーツとともに、その起源である大阪万博の跡地へと戻っていくのだ。
太陽の塔の内側にある生命の木を昇り、最後、太陽の塔の眼へと訪れる。
そこでヤノベさんが観たものとは何だったのだろう。
果実が地に落ちて、また新しい根が生え、新しい未来は創造される。
そして時がたち、そこには「未来の廃墟」が繰り返される。

僕にとっての未来は、85年つくば万博そのものであった。
それこそ母親が買ってくれた学研の万博特集号を
当時11歳の少年は食い入るように読み。
毎日一日遅れで香港の自宅に届いた朝日新聞の万博開幕カウントダウン記事から
やれ日立館の設計ミスによってUFOを模した建物の2Fにある翼のデザインが急遽変更になった記事やら
JALリニアモーターカーが時速20km走行に制限することが決議された記事などまで
全てスクラップし続けた。

ところで、「タンキングマシーン」が何をする装置かというと
その体温に温められた海水にウェットスーツを着込んだ人間が1時間ばかし潜る
当然温かい海水だから人間の身体は勝手に浮き、だんだんと気持ちよく、眠くなる。
そう、まさに母体の中に戻り、その間、己自身をタンキングする装置だったのである。
なんともそのパーソナルな体験とサブカルなビジュアルを併せ持つ美しき果実。

ヤノベさんのお話を聴きながら
どことなくあの子供心をどこかに忘れてきてしまった今の己に気付かされた。
2日間堪能し尽くしたつくば博を去るあの時見上げた青と緑のレーザー光線。
その頭には、もはやヘッドバンドの磁波など無力であった。