メロンパンな片思い

メロンパンをひさびさ食べた。おいしかった。
 
ことの経緯は
お昼いつもの定食屋にでかけたら
宮益坂に路駐のワゴン。
緑色ののぼりが両脇に2本立てかけてあって
そこには「焼きたてメロンパン」と書かれている。
なぜ、宮益坂で、メロンパン?
しかもワゴンで。そんなマネーの虎
一発勝負でもしているかのような。
そして、その様子を「調子はどーですか」
なんて尋ねる吉田栄作がどっかで
見守っているかのような光景にきょとんとして。
僕の好奇心はこんな場面に出くわしたら
もう止まらない。中学生男子がエロ本を買うとき
のように、心臓をばぐばぐ言わせながら
1回知らぬ振りして通り過ぎてみようとする。
すると渋谷よりもむしろ白金あたりで
シロガネーゼに可愛いと言われたことが
過去に4回ほどある程度の美男子が
「メロンパンはいかがですか?」と
思いっきり笑顔でワゴン越しに声を
かけてくる。もう一度巻き戻してみる。
坊主のずんぐりむっくりで
ミルコ・クロコップにでも憧れているの?
などと正月早々同僚から質問攻めな巨漢が
お昼をがつきに宮益坂をがつがつ歩いている。
そこへ、ワゴン越しに「メロンパンはいかがですか」
と尋ねる白エプロンが妙に似合う爽やか美男子。
リングに向かったらそこには対戦相手の
田村亮子がいた程度の微妙な違和感。しかも
既に谷亮子だし。なんだこの世界。などと
思っているうちに足は自然と止まり、
そのあながち冗談ではなさそうな美男子と
目線が合う。「え、売りますか。この僕に」
一つ150円だし、一つ買うのも照れくさいので、
とりあえず「二つ下さい。」と言ってみる。
何のことはない誰かに分けるわけでもなく
二つとも自分で食べるのだ。しかし、
あたかも一つは自分用で一つは誰かにあげるのだ
というニュアンスを込めて、ぽっけに入れていた
右手を出してピースマークを添えた。しつこいが
もう一度巻き戻そう。素顔でいるのに怖いから
にらむなと目の前のどーみても自分より貫禄があり
会社でも一目置かれている上司から忠告を
うけた三十路の坊主な会社員が、お昼に宮益坂
焼きたてのメロンパンを二つ買っている。
しかもピースマークを添えて。あーそーさ。
おれはメロンパンが好きなのさ。文句あるか?
と通り過ぎ行く通行人に背中で逆切れでも
しながら、白いビニールに入った白い紙で包まれた
焼きたてのメロンパンを二つ美男子から
受け取る。ありがとうございます!また
ぜひよろしくお願いします。とこれまた上司なら
絶賛するであろう、ワゴンの中ではもったいなさ
過ぎる接客で見送られたわけである。
 
でだ、早速焼きたてとやらのメロンパンを
がついてみた。周りはサクサク、中身は
ほわほわ。昔、笑っていいともの
テレフォンショッキングに登場していて
当時は好きだったようだが、今では誰だったか
全く白紙程度のアイドルがメロンパン好きである
というどーでもいい話を聞いて、すぐにコンビニか
どっかの菓子パンコーナーにありがちなメロンパンを
食べて以来のそれの味は、キン肉マン見て
母親に牛丼つくってとせがむ子供みたいな
心境よりも勝るものであった。悔しいが(何に?)
メロンパンがおいしい。おそらく一度も
メロンパンを口にしなかったこの10年間。
ものすごく大切なものを忘れていたかのような
心境にさえさせる味だったわけだ。もう少し
味について表現をするならば、パン生地にある
ほのかなイースト菌の香りが、防腐剤を一切
使っていないということを証明してくれる
食感。21世紀になってこれほどまで安心
できた食を体験できたことがあったか。大袈裟だ
が、その表現に近い体験であった。そして翌日
メロンパン欲しさか、もしくは美青年の笑顔
見たさか。また僕の足は昨日の宮益坂
丁度ワゴンが止まっている場所へと向かった。
今度こそは三つ買って二つは自分に。一つは
同僚にすすめようと思っていたが、昨日の
出来事はあたかも夢だったかのように
ワゴンの跡形はなく、普通の宮益坂である。
なんだか破れた片思いみたいな寂しい気持で
オフィスに帰り。引き出しに入っていた
ショートブレッドでも齧ってみた。