記憶と妄想

人の記憶というものは曖昧なもので
過去2度も行ったことのある銀座のルノアール
場所が分からず、30分も右往左往してしまった。
 
殊に僕は地図やら文字やらをあまり覚えない。
街の色と形の情報だけを能にインプットして行動
することが多い。なんだか人工の情報に
頼ることがものすごく文明に負けているような
(別にそこまで意識はしていないが)気が
してならないからだ。数字は世界の共通言語
などと言うけど、2だったか6だったか頭で
考えるよりも、五感をフル回転させた方が
人間らしいのでは。などと何の見得なんだか
自己満足領域の居心地がいいだけである。
 
そんなもんだから今回のような失敗は日常
茶飯事なわけだけど、その失敗はいいと思って
いる。どーも僕には銀座の街は大き過ぎるみたい。
という表現に対しても、別に負けた心地には
ならない。視力の異常値が当たり前のマサイ族
とまでは言わなくとも、日常生活における五感
の感度は高めておきたい。ただ、人様に迷惑を
かけるなという理性だけは失ってはいけない。
打ち合わせに20分も遅れてしまった。これに
関しては大失敗である。反省。
 
そーいえば、今日は銀座駅で大々的な通行量
調査を行っていた。総勢100人ほどだろうか。
使い勝手のよさそうなカウンターを手にして
上から見たらなんかの絵文字になりそうに
密集した間隔で3時の方向だったり6時の方向
だったり、そこを通り過ぎる人をポチリ、ポチリ
とカウントしている。階段を登ってはポチリ。
改札を通ったらポチリ。右に曲がったらポチリ。
目的の出口に行くまでにポチリ。ポチリ。ポチリ。
で、目的の出口の階段を登ろうとしたらポチリ。
となんだか僕はそんな調査にポチリとカウントされる
一市民に過ぎなんだなと、しんみりとしてしまった。
 
で、やっとたどり着いた田舎時間の打ち合わせ。
いよいよ動き出す案件を固めつつある。
http://www.inakajikan.com/blog/archives/2005/01/p27.html
 
打ち合わせ終了後、お昼を一緒に食べて、ばらばらと解散。
大きすぎる街の銀座を散策して、有楽町で無印の家など
見学して、気がつけば渋谷のとある劇場に入り
ソダーバーグの新作を見る。ま、続編なわけだが、
よほど解説が必要な映画であった。随所随所は面白く、
また病んだソダーバーグに出会えたことで僕は楽しめたが、
帰り際、客席の会話を盗み聞きする限りは腑に落ちない
様子である。ま、その程度なのだろう。
 
家に帰り、部屋の掃除などしながらテレビをつける。
おしゃべり大好きおじさんが先週話していた
島田紳介の復帰振りを確認する。やはり天才だ。
あの頭の回転の早さは適わない。腐ったみかんに
対して、誰がザボンやねん。と返す。神業の境地。
ダニー・オーシャンと良い勝負だぜなんて
またまた頭の中で妄想しながら、夜が更けた。